ベストセラー小説の書き方まとめ 筒井康隆 『創作の極意と掟』

筒井康隆の『創作の極意と掟』を読みました。
文学部唯野教授』実践篇とも言うべき­一冊です。

小説を書く際に必要な極意と掟を端的に紹介されていて大変読みやすく、わかりやすかった。
31の項目に分かれ語られています。
そこで私が特に何度も読み返す必要があるなというのをピックアップしまとめました。
ピックアップしたもの以外(『反復』とか)もかなり参考になることが書かれていますので、小説を書いている人は必ず手にとって読むべき本だと思います。

創作の極意と掟

凄味
小説を書こう、あるいは小説家になろうと決めた時から、その人の書くものには凄みが生じる。
自分に小説が書けるのかという不安は、どんな自信のある人にでも存在する。
自分の考え方や表現方法が、ほんとに新しいものであり、小説にするだけの価値があるものなのかどうかという疑問は、新たな小説を書こうとするプロの作家にも存在していて、逆に言えば確固とした自身の中にそういう不安や疑問を内包している事こそが作家としての素質だろう。
死や恐怖を登場人物に与えていくら怖がらせても、それが凄味を生むとは思わない方がよい。
もっと人間の深層の襞の中にある不条理感、無力感などが刺激されねばならない。

色気
小説の文章である限り、やはり色気というものはなくてはならないものだと言うことができる。
「死」や死に直結する「恐怖」は、案外色気と結びつくのである。
心中というテーマで小説を書けば、最初から色気が保証されているようなものだ。
「すぐ傍らに死があるから『いまの瞬間』をこのうえなく美しく感じたのだろうし、書いている幸福感を感じることができたのだという思いがこみ上げてきた」
作家すべては自身が色気を持てと言いたいのである。
そうすれば特に色気を意識せずとも色気が文章の端々に匂うであろう。
できれば情熱的に、恋し続けていなければならない。その背後に死の影が見え隠れてしていれば文句なしだ。

濫觴
その小説の出だしはどう書けばよいか。
ひとつひとつの作品にはその作品に最もふさわしい出だしがある。
読者に語りかけるような書き出しはわかりやすく、好感で迎えられ、読者を読む気にさせることが多い。

表題
タイトルもその作品に最もふさわしいものがよいのだが、だからこそ表題のつけ方に悩む作家は多い。
今では小説のテーマをそのままタイトルにする、というのが一般的だ。
いいタイトルとは、少し変わっていて、その作品にしかつけられないタイトルで、だから誰かが真似をすればその作家の品性が問われるほどの独自性を持っているタイトル、ということになる。

迫力
創作に限らず、どの職業にもこれぞプロという人は存在していて、その人たちに共通しているのは己の職業をこよなく愛していることだ。
金銭的なことは二の次で、ひたすらいい仕事をしようと心がける。
創作にしても、仕事以外の場で今書いている小説のことを考えていて、ふと新たな考えが見出したり、誤りに気づいたりすると慌てて書斎に戻るというような執筆活動こそが、良心的だの何だのという以前に作家として当然ことだ。
自分の書いている小説を愛し、小説の世界にのめり込み、その世界で生きているからこその営為であろう。
こういう人の書くものに迫力が生まれぬわけはない。

会話
会話文が下手糞な純文学系の作家もいる。
その作家にもともと会話文の技術がなく、会話で人物の描き分けができないからだ。出身や年齢、性別や身分などで、いくらでも描き分けはできるはずなのだから、こういう人は戯曲やシナリオの勉強をしていなかったのだと思う。
作者の主張や見解を述べたい時、ふたりの人物を登場させて議論させることがある。
この時、ふたりの人物が共に作者の代弁者であってはならない。
あるひとつの主張や見解を、ふたりの人物に分担させて述べているのにすぎないからである。
それならすべて地の文で書けばよさそうなものだが、ここでもやはり作者ができるだけ楽に書ける「会話」という方法を選んでいるわけなので、一種の手抜きであろう。
会話で迫力を生むのはやはり対立であろうか。
二人、または三人、または四人と、人数は何人でもよいが、価値観の異なる人間が対立する図式は実にまことに小説的である。
とにかく、会話は個性の異なる人物によってなされなければならないだろう。

語尾
プロの作家でも語尾に悩むことがある。
悩んだ末に悟りの境地があります。
語尾の重複はよくないという文章作法がある。

文体
今、文学の最前線では、何を書くかよりもどう書くかが重視されている。

文体を勉強する際の参考図書
レーモン クノーの文体練習
高橋 源一郎の国民のコトバ

視点
最も多く書かれている小説4種類を分類
1.主人公が語り手で、物語の中にいる。
このいい例がハードボイルドであり、彼は自分の体験と思考と感情しか語らず、他人の思考や感情は想像でしか語ることがない。
2.主人公が語り手で、物語の外にいる。
主人公が過去を振り返り過去形で語っている場合などで、現在だから知り得た自分の周囲の世界のことも語ることができる。
3.語り手が物語の中にいる。
語り手が主人公に密着している場合であり、その行動・思考・感情を描写し、それを論評したりする以外にも、他の登場人物の行動・思考・感情を描写したり、それを論評したりもできる。中には、自分が作者であることを意識している主人公さえいる。
4.語り手が物語の外にいる。
もっとも多く書かれている三人称の小説であり、これは全知能全能の語り手だから、いわゆる神の視点を持っている。時には未来に起こることを予言したりすることもできる。エンタメ系の小説に多い視点だ。

妄想
小生、小説を書く者にとって一番大切なものは妄想ではないかと思うのだ。
だいたい妄想には実にアホなものが多い。
だが作家にとってはその「あまりにもアホなこと」を考えぬくことこそ大切なのである。

妄想が姿を変え芸術的な着想に昇華されて現れるのは、睡眠から醒めきらず、まだうとうとと夢見心地の中にいる時であることも、ご存知のかたが多いと思う。
これは何も小説の着想に限られたことではなく、多くの発明や発見が朝方、半眠半醒の中でなされることは多くの科学者や思想家の証言するところだ。

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