さや侍 ネタバレありの感想

松本人志監督、第3回作品「さや侍」は、かなり正統派でした。
素直に、好きという方が多いと思います。
私もこの作品好きです。素直に笑えて、泣けました。

私は松本人志の笑いは大好きですが、
前回、前々回の作品は、一般的ないわゆる映画のていではなかった。企画は素晴らしい。
だから彼のアイデアを映画にできる脚本家を雇ったほうがいいとさえ思っていたが、
「さや侍」はちゃんとした映画でした。

主人公に明確な目的があり、乗り越えたい障害があった。
主人公、野見の葛藤がなかなか見えにくかったが、それはラストに凝縮されている。
これはこの監督ならではの、作りなのだろう。
もちろん素人を起用したことが大きく影響していると思う。
それは決して悪くなかった。むしろ良かった。

さて、ネタバレありで、ストーリーを追っていく。

脱藩の罪で、『WANTED』されている、”刀を捨てた、さや侍”こと、野見勘十郎。
彼は娘のたえを連れて逃避行をしている。
だが冒頭、彼はいきなり、三味線のお竜(りょう)に斬りつけられる。
ざっくり背中を斬られた野見。たえは7日で治る薬草を作り、父を看病する。
再び彼らは歩いていると、2丁短銃パキュン(ROLLY)に狙われ、野見は撃たれてしまう。
また負傷した父をたえは看病する。
茶屋に入れば、ゴリゴリ(腹筋善之助)に首をへし折られそうになる。
鞘だけを握り、戦わない父に娘はうんざりしながら、廃屋に隠れて看病していた。

たえはついに野見に怒りをぶつける。
「父上はいつまで逃げるおつもりですか。それでもお侍ですかっ!
刀を持っていないお侍など死んでいるも同然です。自害しましょう!」
野見は娘に何も語らず、床につく。
だがその晩、ついに父娘は御用となった。

捕らえられた先は、多幸藩。
ここのお殿様は変わり者で、野見に「三十日の業」という試練を与える。
母を亡くした悲しみで笑顔を忘れてしまった若君に対し、
1日1芸を披露して、その30日の間に笑わせることができたら無罪放免、
できなければ切腹というものだった。

たえは、野見に、
「生き恥をさらすくらいなら、自害せよ!」と詰め寄るが、
彼は首を縦に振らない。

そして野見は、業の一日目に挑むが、もちろん若君は笑わない。
再び、たえは「侍として、自害しましょう!」と父に進言するが、
野見はここで、娘にお願いをする。
「腹に絵を描いてもらえませんか」
ここまで、野見扮する、野見隆明は一言も発してませんでした。
丁寧で優しい彼の物言いが、ここで観客の心を少し和ませた。

それから淡々と笑いの業に挑むのだが、
真剣で必死の野見勘十郎こと野見隆明の演技?なのか、ドキュメントなのか、
笑いに挑む姿勢が妙に面白い。
どじょうすくいなんかも結構いい声を出して、キレのいい動きをするので笑える。
蛇に噛まれたり、金魚を食べて出そうとしてダメだったり、うどんを鼻からすすったりと、
ベタだなのが、素人ならではリアクションに、彼本来が持っている真剣さに、
そして本当に笑わせようとする必死さにこちらは笑いがこみ上げてくる。
観客からも笑い声が多かった。

私が好きだったのは、たこVS野見。
歯のない野見の完全な負けなのだが、必死に喰らいつく姿がとても笑えた。
役柄の野見というか、野見隆明の痛々しい必死さに徐々に引きこまれていく。
この時点で、この野見隆明を抜擢したことは正解だったと気付かされる。

しかしそれを白い目で見ているのは、たえだった。
侍の父が恥さらしをしていることが彼女は許せない。
一方、見張り役の倉之助(板尾創路)と平吉(柄本時生)は、
野見を面白がって、一緒に笑いを考えることに協力する。
だが、結果がついてこない。
倉之助も平吉も面白いアイデアが浮かばず、諦めかける。
平吉が、野見に縄跳びをさせるがやっぱりつまらない。何かないか。不穏な空気が漂う。

そんな様子をこっそりのぞき見ている、たえ。
それに気づいた倉之助は、たえの前で、野見を突如怒鳴りつける。
「そんなんじゃ笑わせられないぞ。この、のろま!のろま!」と侮辱し、野見を痛みつける。
するとたえは父の前に走ってやってきて、
「父は侍です! 父への無礼は許しません!」と倉之助に刃向かう。
だが倉之助は言う。
「父を見捨てた娘が何を言う。どうして一緒に考えてやらんのだ。さや侍のまま終わらせる気か!」

こうして、たえの気持ちに変化が生まれ、父の無罪放免をもらうために協力がはじまった。
業が、町民の前で一般公開されると、彼女は父のために盛り上げようと、口上を述べる。
そして倉之助たちと一緒になってアイデアも出すようになる。
次第に、人間大砲、人間花火など大がかりな仕掛けで野見は若君を笑わせようとする。
すると町民は野見を応援し始め、次第にお殿様も野見を気に入りはじめる。
だが、若君は一向に笑う気配がない。

残りもあと数日。
たえは、屋敷に侵入し、若君に会いに行く。
そして自分も母親を亡くしたことを話し、悲しいのは同じだと言う。
さらに父である野見について、
「侍なのに刀を捨て戦わなくなった父をずっと恥ずかしいと思っていました。でも今は違う。父は立派に刀を持たずに戦っている。だから、あなたも悲しみと戦って勝ってほしい」と話す。

翌日、野見はふすま破りに挑戦。
全てを破り、若君にカステラを届けるために必死に前へ前へと進むが、ふすまが硬くて破けられない。
野見は、なんども頭突きをして、打ち破ろうとする。
その痛々しさが、徐々に笑いではなく、感動に変わる。

がんばれ、野見!
町民が応援するように、見ている私も野見に感情移入していく。

無事、若君の前にたどり着くと、野見は震える手でカステラを差し出す。
何をしても無反応だった若君がそれを受け取ると、
殿様を含めみんなは、若君が笑うのではと徐々に期待が高まる。

だがあと一歩のところで若君を笑わせず、最終日を迎えた。
若君の大好きな風車を巨大にし、野見が息を吹きかけて笑わすということをするのだが、
すんでのところで突風が来て、巨大風車は倒れてしまった。

ついに笑わせることができず、切腹を申しつけられる野見。
うなだれる野見とたえだったが、殿様は野見に猶予を与える。
「切腹をするその前までに笑わせよ」

猶予を与えられ喜ぶ、たえや倉之助たち。
彼らは、切腹前に詠む辞世の句で笑わせようと考える。

そして切腹当日。
屋敷に向かう野見は、町民に応援され、まるで戦場へ向かう戦士のようだった。
懐には、しっかりと刺さった鞘。
彼はぎゅっと握り、突き進む。
そして途中、いつも祈ってくれていた坊主とぶつかる。
その直後、野見は覚悟を決めた目つきに変わり、娘の手を引いて中に入っていく。

野見を気に入っている殿様は彼に切腹をさせたくない。
若君の前を傘で隠し、笑ったと言おうと待っている。
だが野見は辞世の句をなかなか述べない。

たえは叫んだ。
「なんかいってよ!」

さて野見はなんと言って笑わせるのか・・・・・・。

もう予想はおつきでしょうが、
これ以上は劇場で見てください。
男ならここで泣けます!

野見勘十郎、父の誇りを娘に見せました。

エンディングは、
坊主(野狐禅の竹原)が、たえにむかって、
野見から託された手紙を切なる魂のごとく歌い上げる。

めぐりー、めぐりー、めぐりー、めぐって、
ただそれだけですが、それがすべてです♪

父から娘へ、感謝と再会を誓った。

そこで観客からはすすり泣く涙が、あふれた。

エンドロールが流れる。
脚本協力に、板尾創路の表記を見て、この作品が父と娘の話であったと思いだし、
めぐりー、めぐりー、めぐりー、めぐって、の歌が乗ると、また胸に込み上げるものがあった。

しかしすぐに、
『うどんすすり指導 ほっしゃん。』の文字が流れると、
会場はどっと笑いに包まれた。

「さや侍」是非観に行ってください。
たぶん松本作品で分かりやすいのは、これが最初で最後のような気がします。
崩した絵を描く芸術家が、写真のごとく絵を描いたときの感覚を、この作品には感じた。
松本人志監督はわざわざこっちのステージに降りて見せてくれたのではないか。
そんな気がした、温かい笑いの映画でした。

だけど、私は大日本人から観てきて、ずっと松本人志監督には思っていることがある。
一度でいいので、映画の脚本家を起用してください。
図面は脚本家に。デザインと色と構想を松本人志で。
じゃないといつまでも、どこか鉄骨のない高層ビルを建ててるだけになります。

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