ブラックスワン ネタバレありの感想 映画

早く観たいとうずうずしていた映画、
ブラックスワンを観てきました。

結論から言うと、とても面白い!!
絶対に観るべき!!

こんなに初めから最後まで、ストーリーの求心力を落とさず、
飽きることなく観られたのは久しぶりです。

この映画は、今敏監督の『パーフェクトブルー』に影響を受けているそうです。
私もブラックスワンを鑑賞後、観てみたのですが、
たしかに、類似点は多い。
この監督自身、今敏監督のファンのようです。
ですが、今回の映画に関しては、否定しているらしい。

だが、似ているところがあるとなると、突っつきたくなる人がいるのは当たり前で、
うまいことまとめたサイトがあったので、確かめてみてください。

ブラックスワンとパーフェクト・ブルー検証サイト

しかし、問題はそれではありません。
パーフェクト・ブルーに負けず劣らず、
ブラックスワンは素晴らしかった。

ここからは、ネタバレです。

ニューヨークのバレエ団に所属するニナ(ナタリー・ポートマン)の
なんとしても「白鳥の湖」のプリマを踊りたい、
誰にも役をとられたくないという強い思いが、
次第に、プレッシャーとストレスを生む。
演出家を満足させるダンスができない焦燥。
立ちはだかるライバル、リリーに対する嫉妬と対立。
母の期待に応え続ける「いい子」の自分(ホワイトスワン)と
自分に潜む「悪い子」(ブラックスワン)のせめぎ合いの葛藤。
それらを幾度も繰り返すうちに、
彼女は精神倒錯が始まり、おかしくなっていく。
そしてそれが、極限に達すると、今まで抑制し続けたブラックスワンが勝り始める。
自分の中の邪魔者、ホワイトスワンから解放されると、
彼女はついに、演出家の期待を超えるブラックスワンを完璧に演じる。
観客からもライバルからも惜しみない拍手が送られる、サクセスストーリー。
ラストのオチは、ここでは言いませんが、
パーフェクト・ブルーよりも私は好きです。
完璧でした。
ぜひ、観に行ってください。

どうして、こんなにも引きこまれたのかといえば、
ナタリー・ポートマンの演技もさることながら、
この役を演じた彼女自身が投影されているような錯覚を感じたからかもしれない。

ナタリー・ポートマンの印象といえば、
この映画でいうところの、ホワイトスワン、白鳥のイメージが強い。
彼女はいろんな作品に出演し、有名なスターウォーズにもでているが、
どうしても、レオンの時の少女のイメージがついてまわる。
彼女がそれに悩んでいたかどうかはわからないが、
この映画で、彼女は完全に突き抜けた。
「ブラックスワンのナタリー・ポートマン」の誕生だ。

私は、この映画はセリフがとても良かったと思う。
特に気に入ったのは、白鳥は完璧に踊れるニナだが、
黒鳥になると、てんでダメ。
ニナ自身もどこがダメなのかわからないが、ダメなのは理解している。
そんな彼女に、演出家の男がこう言い放つ。

「お前のは、不感症の踊りだ!」

これは実に気持ちのいいセリフだ。
ナタリー・ポートマン自身もその印象に当てはまる気がする。(以前は!)

だが、演出家が彼女を抜擢した理由のように、
才能はある、可能性はある。
ただ、抑制しているのは自分自身。
「自分を解き放て!」
そして、
「オナニーしてこい!」
と宿題を出す。
この流れは最高に良かった!

この部分は、日本のドラマ女優も見習ってほしい。
不感症の演技ばかりだ。
”オナニーしてこい!”

話が脱線したが、
それを忠実にベッドや風呂で一人励むニナ。
案外、戸惑うことなく、すぐ感じるので、
とんでもないムッツリなのだろう。
ブラックスワンの片鱗を見せ始める。

だが、彼女は自分の黒い部分を認めたくない。
バレリーナの夢を託した母の期待に応えるいい子でいたい。

しかし、抑えていたもう一人の自分が、ニヤリとホワイトスワンをあざ笑う。
彼女のブラックスワンは徐々に彼女自身を飲み込み始めた。

本当は、母親の強烈な束縛から解放されたい。
ドラッグ、アルコール、セックスをしたい。
そしてなにより、ブラックスワンを完璧に踊りたい。

彼女は、精神の崩壊と立て直しを繰り返しながら、
本番前日までブラックスワンを練習する。
が、納得いくダンスは出来ない。
不安と焦燥で、彼女は自分でもコントロールが効かなくり、
精神混乱は歯止めがきかない状態で、夢破れた母を罵倒して傷つける。
ストレスから、日常的に肩を爪で引っ掻いていた部分からは血が溢れ、
次第に傷口から黒い羽が現れる。

彼女はブラックスワンへと変身する。

そして本番。
彼女はそんな自分に戸惑い、集中できず、完璧だったはずの白鳥の演技を失敗する。
自信喪失の中、次のブラックスワンのメイクをするため楽屋に戻ると、
そこにはライバルで代役のリリーが居座っている。
彼女はそこで完全に精神が崩壊する。

ここからクライマックスまでノンストップで見入ってしまう。

見ているこちらも、これは現実で、ここからは幻想で、
など考える余裕なく、テンポよく進む。
効果的な音楽も不安を助長させ、目が離せない。

そして、ニナとリリーは、つかみ合いの争いになる。
どちらが、ブラックスワンを踊るのか。

そこでのナタリー・ポートマンの演技は圧巻。
「It’s my turn!」と叫び、リリーを打ちのめすシーンには鳥肌が立った。
女、独特の執念を感じた。

この映画になぜ共感を覚えるのかは、
ニナと同じように、私たちの中にも、
ホワイトスワンとブラックスワンを同時に飼っているからだ。

映画のラストの方に、完ぺきな演技をするのは、
ブラックスワンのニナのようであったが、
まだ彼女の中にホワイトスワンがいたことがわかるシーンがあり、救われる。

ステージから、母親と目が合った時だ。
私はゾワゾワっとした。
ブラックスワンのニナでしかないのであれば、
無視する、あるいは、
バレリーナとして、あんたを超えたぞ!とニヒルな笑みを浮かべるところだろう。
だが、違う。
彼女は、母を見て、涙を流す。それは歓喜の涙か。感謝の涙なのか。
ニナの真意はわからないが、彼女の中にホワイトスワンは完全に追放はされていなかったのだ。

私はそこでグッと来た。
そして、完璧なラストで幕を閉じ、映画も終わる。
ブラボー!

しかしこの映画は人によっては、とても怖い印象をうけるだろう。
いかに、精神のバランスが重要か分かる。
そして、いつ自分が、ニナになるかわからない。

我慢や自己抑制というのは、自分でも気づかないうちに慣れていくもの。
なぜ慣れるのかといえば、諦めるからだ。
しかし、どうしても諦めきれない、その何かを目の前にしたとき、
人は引っ張り続けたゴムを離し、暴走をする。
いつ自分の中に飼っているブラックスワンが目を覚ますかわからない。
なぜなら、私たちはいつだって演じて生きているのだから。

ブラックスワン、文句なしで必見です!

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