心がフッと軽くなる「瞬間の心理学」続

前回の続き、心がフッと軽くなる「瞬間の心理学」に基づいて現代人を考察します。

『性格は変わらないが、心はものすごく変わりやすい』

『会社を辞められない、休めない人の心理として、人間にとって、どこかに所属していて社会の一員であるとか、自分が毎朝行く当てがあるとかって、すごく大切な”担保”、もっと言うと、”基盤”そのものなんですね。それが少なからず脅かされることになってしまうので、気分転換にどこかへ行くという発想は、今の世の中ではそれ自体がストレスを伴う課題になってしまう面があるんです。』

『人間は何かに集中していないと、自分たちの精神をなかなかうまく使いこなせないんですね。もし無為な時間の中で、一つのネガティブな空想に囚われてしまうと、どんどん錯綜して広がっていきます。空想の暴走が、鬱の始まり。』

『頭の暴走というのは、意思の力が弱くなった状態であればあるほど起こりやすくなる気がします。でも、その暴走はやはり、自分の意志で止めるしかないんです。』

現代人は、暇をうまく使いこなすことができない。
暇であることを他人に知られないように、暇をつぶすこと、暇を埋めることにエネルギーを注ぐ。
そうしなければ、孤独や寂しさ、社会からの孤立感というものに苛まれ、ネガティブな空想へと次第に進む。
とにかくそれから逃れるために、他人から、外的な集中を借りないとそこから逃れることはできないと思い込んでいる。
常に外的な影響を受けて心が変わりやすく、自分をどんどん見失う。
フッと我にかえると、どんどん空想の暴走が始まり、ずんずんずんずんネガティブに沈み込んでいく。
この状態が、現代人の危険性。
地に足が着いていない。

『「うつというのは、心を車に例えて言うと、ブレーキを踏みながらアクセルを踏んでいる状態なんだ」と。だから動けないままエネルギーはどんどん消費される。ブレーキを踏みながらアクセルを入れることを、僕たちは「頑張る」ことだと思い込んでる。だいたい「頑張る」という感覚を持つときは、「嫌なことを頑張る」というニュアンスになることが多い。だから「頑張ろう」と思ったとき、「アクセルと同時にブレーキを踏んでいるんじゃないか」と思ってみることが、改善の第一歩だと思います。』

『『所属感っていうのは、「自分は周囲から貢献していると認められている」という見返りがあって、まずは喜びを得る。』

『『現実的な努力で、たゆまずステップアップしようとする貪欲さを持った人は、成功に対する妙な幻想を抱いていないと思うんですよ。「今、ここ」を生かしてゆくことにできる限り取り組める人、そのことに喜びを感じる人が、着実に自分の道を作り、自分の山を登っていけるわけです。』

『今は非効率的でも、ちょっと屈辱的でも、人から全然注目を浴びていなくても、目の前の用件に、ちゃんと時間と労力をかけておくべきだと思います。』

結局、私も同じことを思うのだが、
現代人は合理的に、そして横一列に並んで進むことを前提として生きることが当たり前だと思い込んでいる。
だからあまり疑わないで、他と同じ行動をとって、安易に安心を得ようとする。
でも身体は正直で、違和感が身体の反応となって現れる。だが見逃してしまう。
なぜなら、それさえも横に並ぶ人たちと一緒、私だけじゃないと思い込んで、しょうがないと諦める。

人は一人も同じ人などいない。
行き先は誰一人として同じではないのに、皆同じ方を向いて考えないまま進む。
どうしてそんな行動をとってしまうのか。
単純に楽だから。
誰からの後ろをついていけば、どこかにたどり着けると思い込んでる。
でも、フッと我にかえったとき、愕然とする。
これが私の歩みたかった道なのか。

生きることは、自分が決めたゴールに近づくこと。
それが漠然として生きていたら、いつか心が壊れるのは当たり前。
今日一日を無駄にする人は、一生を無駄にすると私は思い、日々生きている。
だから、一度立ち止まって、自分の時間を作り、見つめてほしい。
生きるということ、死ぬということに対して、もっと現実的に考えないと。

現代人は、外的影響、あるいは要求に過剰に応えようとするあまり、内向的になり、
本来は、内的欲求を満たすために外向的に生きて、影響を与えていく存在にならないと人生は面白くないはずである。
ぜひ、自分の心に耳を傾けてほしい。そしたら身体は自然と動くはずだから。

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