大人の友情とは?

大人の友情 / 河合 隼雄 (著) を読みました。

こんな本を読むのは、友達がいないからだろう?
と思う人もいるだろうが、
この本を読もうと思ったきっかけは、
私が書いた小説から起因する。

その小説は、友情をテーマにしたミステリーだった。
しかし、書き進めて、自分の友情観とも呼ぶべきものはなんなのかと、
ふと客観的に考えてみたくなった。
なぜなら、書き終えた時、
正直こんなに美しい友情はこの世界に存在しない、
リアリティがなさ過ぎるのでは、とその小説に対して不安を覚えた。
その上、自分は内心、こんな友情を理想としているのかと、
奇妙な自己発見をして、少し戸惑った。

そこで、そもそも一般的な友情とは、なんぞやと考え、
この本を見つけた。

読み進めると、実に面白い。
筆者は、臨床心理学の権威。
聞かれて痛いところや、今まで立ち止まって考えもしなかったところなど、
様々な視点で友情とはなんぞやを探る。

最近は、ソーシャルメディアの発達で、
友人という幅が広がった気になっている人が多いのではないか。
だが、一つのメディアではとどまらず、あちこちに登録して、
もっともっと、と友人を無意識に求めている傾向に、私は違和感を覚える。
実際、ミクシー疲れ、twitterを突然やめたりなどよくある。
本来居心地のいいはずの友人が、繋がることで、次第に邪魔な存在に変わるのである。

これはどういうことか。

この本に、端的に書かれていることで当てはまる文面がある。
「人間はなかなか一人では生きられない。孤独は恐ろしい。
自分の存在を認めてくれる人がいることで、人間はどれほど安定しておられるかわからない」

つまり、現代人の多くと関わっていたいというこの行動は、不安の表れなのだろう。
一つでは満足できないということは、結局のところ、誰にも認められていないからではないか。
あるいは、もっと認められたいという身勝手な欲望が暴走してるのかもしれない。
だが、関われば関わるほど、人は疲れ、他者をひがみ、批判したくなる。
人とのつながりというのは一方で、悪循環を生むことにならないだろうか。

生きていると、感じることがある。
友人が邪魔でならない、と。

それはなぜ思うのか。

私はこう考えるようにしている。
自分が成長した証なのだ、と。

何を言いたいかと言うと、仲のいい友人関係は、
どうしても一体感を求められる。
そこから誰かが突き出た場合、不満を持つのである。

この著書にも出てくるが、簡単な例をあげると、
恋人のいない仲のいい三人組。
ここで誰かが恋人を作るとたちまちその友情関係が壊れることがある。
祝福しておきながら、その人を遠ざけたり、その人から遠ざかったりする。
これは本当によくあることだと思う。

同じように、何かに努力して誰かが成長する。
一方で昨日と変わらない惰性的な生活を繰り返す友人が隣りにいたら、
離れていくのは当たり前だ。
類は友を呼ぶとは、よくできた話で、
人は成長すると付き合う人を、変わらざる得ない。
私も高校生の頃から学年が上がるたびに、友人関係は変わった。
社会に出ても、一年、いや半年おきに、付き合いは変わった。
その時、ある友人から「俺のこと、嫌いになったのか?」と尋ねられた。
まるで、恋人のような言い草で、かなり気分が悪かった。
嫌いでもないし、彼に対してなんとも思っていなかった。
ただ不満や愚痴ばかりを口にする彼とは話すことがなくなっただけだった。
次第に友人関係は終わった。

それを、裏切りという人もいて、相手を非難し、憤り、許さないとする人間がいる一方、
逆に離れて成長していく友を祝福する、喜ぶ人間もいる。

グッド・ウィル・ハンティングという映画を見たことがある人は
ある名シーンを思い浮かべるだろう。

親に虐待をされたことが原因で、愛すること、愛されることを恐れ、
人に攻撃的なり喧嘩に明け暮れる主人公ウィル。
そんな彼を受け入れてくれる友人たち。彼にとっては居心地にいい環境。
だが彼は人並み外れたIQの持ち主。
有名企業からもその才能を買われ、スカウトがあるがそれを全て断り、
友人と下町の日雇い工事現場で働く。
だが、その親友のチャッキーは、一生下町で労働者として暮らしてもいいとつぶやくウィルに、
「才能のあるお前が、もしずっとこの町にいたら、俺はお前を殺す」と話す。
ショックを受けるウィルだったが、ラストはその友人の言った言葉を理解し、
黙って友人から離れることを決心する。
いざいなくなると少しショックを受けるチャッキーだったが、
笑顔で、一緒につるんでいた友人たちに、いなくなったと笑顔で話す。
他の友人も黙ってそれを受け入れる。

これを友と呼ぶのか!

私は思春期真っ只中にこの映画を友人と見て、ひどく感銘を受けたのを覚えている。
その後の友人関係にも大きく影響を与えた。

この本にも、友人の出世を祝福できるか。
という問いを投げかけられる。
たいていは、本音のところ、面白くないという人が大半だろう。

友情は人それぞれいろいろあると思うが、
やはり依存関係であったり、一体関係を求める傾向は、
友情として美しくない気がする。

この本にも、ある一定の距離は友人関係で持つことを勧めている。

今一度、自分の友人関係を考えるいいきっかけになった。
友人が離れていくことは人生では当たり前にあり得るし、
その方が健全で、またどこかで出会った時に、互いの成長を祝える、
そんな関係が望ましい。
それには、バーチャル上の友人ではなく、リアルな友人であることだ。

最後に筆者は、正直に語る。
「友情とは何ぞやと聞かれると、今でもはっきりとは答えられないが、
あらゆる人間関係の基盤としてそれはあり、人間の生き方を豊かにしてくれるもの、と言えるだろう」

私は常に友人と接するときにこう考えている。
決して、求めるな。
だが、私は彼を尊重しよう。

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